津軽、弘前、角館ー早春の北東北を旅して

 4月下旬、北東北の桜の名所めぐり、ローカル線の旅に出かけた。北東北でもことしの桜の開花は例年になく早く、予定された立ち寄り先の北上展勝地は全くの葉桜で中止となった(その埋め合わせとして大谷翔平の花巻東高校「観光」が加わった)。

 一日目は、青森空港から津軽半島を北上し十三湖近くて昼食を取った後

 津軽鉄道の芦野公園駅へ。桜のドームの中を走る津軽鉄道の列車を撮ろうと大変な観光客が詰めかけていた。同駅から津軽鉄道に乗車したところ、運よくストーブ列車の客室。するめの匂い。途中、吉幾三の生家の最寄り駅を通過し五所川原へ。夜は弘前城のライトアップされた夜桜を見る。翌日午前は弘前城。ソメイヨシノは終わっていたが、枝垂桜等様々な桜を堪能。弘前城から見た岩木山は、まだ真っ白。今年の津軽は大雪だったしい。午後は小岩井農場近くの一歩桜を見学。三日目は、角館の武家屋敷を見学してから、秋田縦貫鉄道に乗車し、花巻東高校で同校の野球部の練習風景や大谷翔平・菊池勇星のモニュメントを見て花巻空港へ。

 東北は、もちろん桜もいいが、こぶしの、蕗の白い花、カラマツが芽吹き始めた柔らい新緑と桜の競演は、東海地方の桜とは異なるさわやかな趣がある。特にカラマツの新緑の林は、全体が柔らかな淡い黄緑色に染められるような感じでとても美しいと感じた。千昌夫の「北国の春」の歌詞は、「こぶし咲く北国」「カラマツの芽が吹く北国」と歌うが、なるほどと納得した。それから、なんといっても「山」が美しい。今回の旅は岩木山、岩手山をいろんな角度から眺め続けることになったが、青空を背景にして冠雪した真っ白な山を見ているだけですがすがしい気分になった。

 角館は、武士の歴史を感じさせてくれるところである。

 角館の武家屋敷で樺細工を見たが、下級武士たちが生計維持のために始めたらしい。廃藩置県により俸禄が廃止され特権階級の身分を失った武士たちが、各地で様々な工芸や地場産業を興したが、樺細工もその一つであるとのこと。この話を聞いて小牧が発祥の地とされる名古屋コーチンも失業した旧士族階級が始めたものであることを思い出した。小牧商工会議所が平成17年に発行した「こまき物語」によると、小牧コーチンは、尾張藩砲術師範であった海部荘平は、明治維新の廃藩置県で代々120石の禄を失い、その後、小牧市の池ノ内に移り住んで、やがて地元の農民たちの協力も得ながら養鶏業を始め、その過程で名古屋コーチンが誕生したとされている。

 武士たちの中には、維新の激動で没落していった者たちも多かったであろうが、その規律性、信用といった特質を生かし、市場掲載、資本主義の合理的精神に適応していった者たちもいたのである。

 *写真は弘前城から見た岩木山、小岩井農場近くの「一本桜」と岩手山。