
5月3日に名古屋市公会堂で開催された「憲法施行79周年記念市民集会 憲法をいかす~ことばが封じられないために」に参加した。会場参加1600名、WEB視聴100名の参加でほぼ満員。
恒例の愛知県弁護士会会長挨拶は長谷川龍伸さん。大学時代からの知人であり、控室で談笑し、会場へ。第一部は元NHKディレクター大森淳郎氏の講演「『戦時ラジオ放送』から学ぶもの」。
「近衛文麿の国民精神総動員運動ではナチスドイツに倣ってラジオの活用が位置付けられた。戦前、戦中の新聞、ラジオ等のメディアは、政府批判どころか積極的に軍部のお先棒を担いだ」「当時の放送人は、一所懸命、どうすれば国民を戦争に導けるかを必死に考え実践していた」「戦意高揚のためには、たんにニュース報道だけでなく、ドキュメンタリ、音楽番組、ラジオバラエティ、歌謡、コント、落語等、あらゆる番組が動員された」。
大森氏は、「当時のメディア、言論人の戦争追随を批判することは簡単だが、自分があの時代にいたら、やはり全身全霊を込めて戦争協力に邁進したのではないか」という。大森氏は、最後に「私たちは、どこにいるのか。今でも政治権力、メディアの中には、NHKは政府に協力するのは当たり前と考える傾向がある」「国民世論とメディアは相互に共振しながら戦争に向かった。現代ではSNS等ネット空間が大きな影響を持つが、同じ傾向がうまれてはいなか」と聴衆に問いかけた。
第二部は柏木新さんの笑いまでも戦争協力―禁演落語と国策落語」と題した講演の後、落語家の林家三平師匠が国策落語「出征祝い」を演じた。
柏木さんは、「日本は一丸となって戦争に向かった。その要因は2つある。一つは、戦争に反対する勢力を徹底的に弾圧したこと。もう一つは、メディアが国民の頭の中を戦争一色に染めていったことだ」と述べた上で、禁演落語、戦意高揚のための国策落語を紹介。国策落語では、戦費調達のための貯蓄、債券購入、倹約を呼びかけるもの等様様なものがあったというが、スパイ、防諜への警戒を呼び掛けたものも多かったらしい。戦争の足音が近づくときには、必ずスパイ防止の掛け声が高まるということだろう。人間の情感に訴え、戦争協力へ国民を誘導したメディア、文化人たちの痛苦の歴史を繰り返してはならないと思う。
林家三平の落語は何度も爆笑に包まれた。いったん退場した後に演じた国策落語の途中、会場から「憲法のはなしをやれ」とヤジが飛んだが、林家三平は落ち着いて最後まで演じきった上で、自分の祖父の特攻隊員としての戦争体験、母親の海老名かよこの東京大空襲の悲惨な体験に触れながら、憲法9条の礎になった人人を思うことの大切さを語りかけた。林家三平は、最後に「父は特攻、母は戦争孤児。その子である私がこのように生きていけるのは憲法9条があるからだ」と結んだ。
集会がはねた頃、鶴舞公園は小雨だったが、地下鉄の鶴舞駅に向かう途中、平和の大切さ、憲法9条への思いをカードのようなものに書いて、静かに座っている人たちがいた。組織や集団で行動している様子ではなく、一人ひとりがめいめいに行動しているように見えた。ビラを配ったり、ハンドマイクで訴えるといった古典的な街頭行動とは異なり、自分の思いを書き込んだプレートを置いて静かに座っていた。最近、名古屋駅でもこうした街頭行動が広がっていると聞く。護憲、平和運動の新しい芽吹きを感じた憲法記念日だった。