
戦前、名古屋は日本の航空機産業のメッカといわれ、戦略的な拠点てあったが、有事に備え、名古屋防衛のための航空基地建設が企図され、昭和17年に基地建設工事に着手し、19年1月には1500メートル滑走路が完成し、二月には運用開始された。戦争末期には空襲のために飛来した米軍のB29爆撃機を迎撃しようとする戦闘機が小牧基地から飛び立っていった。
戦後、小牧基地は米軍に接収され、朝鮮戦争では米軍の一大輸送拠点としての役割を果たした。昭和30年に行われた滑走路拡張工事のための農地取り上げに対し、地元の小牧市小針、市之久田の農民たちが抵抗闘争に立ち上がった話は有名である。
その後、小牧基地は、昭和33年に米軍から全面返還され、小牧飛行場は官民両様の空港としての歩みを始めた。
1990年代初頭、小牧基地のが脚光を浴びる、国際貢献の名のもとに政府は自衛隊の海外派兵を行うようになったが、その輸送拠点が小牧基地となった。イラク戦争では、小牧基地から飛び立った自衛隊の輸送機が米軍に対する後方支援を行った。これに対し、小牧基地を海外派兵の拠点にするなという抗議行動か盛り上がった。
今、小牧基地は再び注目を浴びている。飛行場に隣接する三菱重工業小牧南工場は、東アジアに展開するF35戦闘機の整備拠点として位置付けられ、また小牧北工場は長距離ミサイルの一大製造拠点となり、敵基地攻撃能力を構成する装備の開発、生産の中枢の位置を占めつつあるが、そのために小牧基地と小牧飛行場が新たな役割を果たそうとしているのである。
今回、平和委員会では、改めて小牧基地の戦前、戦後の歴史と現状を振り返るべく標記の学習会を計画した。ぜひ、多くの方の参加を呼び掛けたい。